富山県小杉町開祖 寺林瀬兵衛と金森一門
斉宮様の説明文
 金森斎宮仍近という者は金森五郎八郎長近の一族であり、一時は家禄五百石を持って飛騨の国の吉城郡の寺林という荘に居たのであるが、天文十六年に事情があって、この土地を退去して越中の国に来て、射水郡願海寺の城主である寺崎民部入道泰山という人から知遇を得て客人として滞在した。
天文十九年になり、長尾謙信が越後を出発して越中に入り願海寺城を攻めた。戦いは泰山入道の旗色が悪く入道は謙信の軍門に屈し、その味方になつた。
 やがて、謙信に味方した泰山はそのために命を失うことになってしまった。
 この時に泰山の知遇を得て客将であつた斎宮は、命がけで戦ったが到頭その甲斐もなく、寺崎泰山との信義のために願海寺野において死んだのである。
 嫡子である金森新右衛門仍久は、少年ながら母を助けて退去し、婦負郡寒江本江村の自得寺において父の遺骸を葬ったのである。
 只今、古い先祖の墓として残っているのがそれである。
 わが家の先祖は金森氏であるが、後日の新右衛門は寺林に居たことを縁にして寺林姓に姓を改め、射水郡橋下条に住み着いた。それから長い間、寺林家は代々この土地に(繁栄して)続いて来たのである。
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